菊池誠先生などに見られるナイーブな政治意識について ――地方政治と国政の違いから見る、国政の課題――
よく国会における野党の質問が「クイズ」だとか「揚げ足取り」だとか、今回の菊池先生が言うように「記憶力テスト」だとか批判されることがある。
大臣の記憶力テストみたいなのが国政をよくするとは思わないんで、もうちょっとまじめにやってくれないかな
— 菊池誠(4/8SilverWings) (@kikumaco) 2017年3月14日
確かに、予算委員会は予算の中身である事業の内容や効果を確認したり、改善の提案をしていくというのが正しいように思えるし、菊池先生を含めてそういう批判をする人は少なくない。しかし、基礎自治体(市区町村)に目を向ければ市区町村議会の予算委員会などは建設的な意味のある議論が行われていることが多い*1。そこで、本稿では市区町村議会と国会の違いを確認しながら、菊池先生に代表される、野党の国会運営や質問に対する批判の問題について検討する。
野党の国会議員がバカだからなのか?
まず、基礎自治体の議会には自民党や民進党に所属する議員が少なくない。様々な事情で議会の会派としてそれらの看板を掲げていないことは多いが*2、多くの自治体では自民党系や公明党が与党勢力、民進党系や共産党が野党勢力であるというパターンが多い。もちろん、首長が直接選挙であることから、革新系の首長である場合*3などもあるが、保守与党と革新野党という市区町村の議会がほとんどだろう。この意味で国会と市区町村議会に変わりは無い。
そして、国会議員と市区町村議会の議員と比べたときに、市区町村議会の議員が特別に優秀なので建設的な議論ができているという仮説は常識的に考えてありえないだろう。国会議員の方が平均的に優秀か、もしかしたら実はそんなに変わらないと考える方が妥当である。敵対勢力や嫌いなやつがバカに見えるのは心理的バイアス以外の何者でもない*4。
つまり、この「バカみたいな質問」の問題について、議員個人の資質について、あるいはその表面的な国会運営について非難するのは妥当ではない。国会の中継が学級会以下のクソだなんてことは、意識の高い中学生にも言えることであって、わざわざそんなつまらないことを言うのは*5政治的中二病に他ならない。むしろ問題は華麗な経歴を持つ選良たちが、なぜあのような国会の運営をするのかということであって、それは議員の資質に帰するよりも、構造的な何か、彼らの置かれた状況がそうしていると考えるべきである。
その意味で、菊池先生の今回を含めて過去の野党批判の発言の多くは、ありていに言って中二病である。確かに先生は自然科学において学問を修めている優秀な方であるのだろうが、実際の政治の実践や、あるいは政治に対する学問的な探求については疑問符をつけざるを得ない。つまり、このような政局重視の議会運営、野党の攻撃や追求を批判するのは、政治を知らないし考えてもいないのか、本心を隠して*6作為的に野党批判を行っている「カマトト」か、どちらかということになる。もし前者なら罪深いし、後者なら卑怯である。
具体的な違いと考えられる影響
では、市町村議会と国会は何が違うのであろうか。基本的な違いを見てみよう。
項目 | 市区町村議会 | 国会 |
---|---|---|
選挙制度 | 大選挙区(政令指定都市は中選挙区) | 衆院は小選挙区比例代表並立制、参院は都道府県(小・中選挙区)と比例区 |
行政府との関係 | 首長は独自の選挙で直接選出される | 国会から総理大臣が選出される |
解散 | リコールや不信任案可決の場合などに限られる | 総理大臣の一存で衆院は解散できる |
投票率 | 低い | 高い |
報道 | あまり報道されない | よく報道される |
選挙制度の違い
国会において優越する衆院は小選挙区が中心となっており、またこれは様々な批判がされている。一つ一つの批判を取り上げることは避けるが、小選挙区制は巨大な政党がそれぞれの1議席を競り合う形になることで、政党間の対立や争いが激化する。政治家や政党は議席の確保がその存立の事実上の要件となっており、小選挙区で1議席を奪い合う、風向きで与野党が逆転し安定多数を構築できる制度であることは、与野党それぞれ実存的な他者、シュミット的な意味での「敵」となる可能性が高い。これは支持者にも言えることであり、彼らの対立はネットでいくらでも見ることができるだろう。この状況になると与党にとっては妥協は失点であり、野党に花を持たせることは利敵行為である。逆に、野党にしてみても与党の政策を端から批判するしか方法は無い。これは後述の報道に関する文脈においても重要である。
また、比例代表においては政党の看板こそ重要になるのであるから、政党のイメージ形成が重要になり、小選挙区の排他的な仕組みに影響される形で対立を悪化させる。
また、小選挙区は党内の派閥を弱化させる傾向にある。自民党の派閥は中選挙区制下におけるデュヴェルジェの法則に規定されてきた。つまり中選挙区の自民党議席数+1までの派閥が形成され、党内において与野党を形成してきた。しかし、小選挙区制であれば事実上1派閥、つまり自民党であれば総裁、幹事長、党本部に権力が集約する*7ことになると言えるだろう。
行政府との関係
市区町村議会においては首長は必ずしも与党のボスではない。場合によっては、議会野党の場合すらある*8。対して、現在の議院内閣制である内閣総理大臣は内閣総理大臣であると同時に自民党総裁であり与党のトップである。このため、与党の国会議員は行政府(政権)を追求することが難しい。そうでなくても内部的な調整で済む。前述の小選挙区制による派閥の弱化と併せて考えると、以前は野党の追及などで政権が弱化すると、すかさず他の派閥が登場して党内での事実上の政権交代が行われてきたわけだが、今はそういう意味での政権に対するチェック機能は弱まっている。
反対に、執行部と議会が分離した地方議会においては与党側の議員が積極的に執行部に対して質問ができる土壌が生まれる。もちろん、野党側も質問をするが、それも与党への非難や追求ではなく、執行部への追求という形をとる。つまり地方議会においては、与党VS野党という構図ではなく、執行部VS議会という構図が生まれやすい*9。もちろん、議会与党と首長がベタベタで与党が首長応援団となり野党と対決するという例も無くはないが、どちらかといえばそうはなりにくいと言える。
解散
市区町村の議会の解散は滅多にない。これは、衆院の解散が内閣総理大臣の伝家の宝刀として、その一存で解散できるのに対して、市区町村議会では、議会が首長に対して不信任決議を出すか、議会が自ら解散決議をするか、リコールを受けるかのどれかである。不信任決議や議会が自ら解散する決議は、成立要件*10が厳しくなっており、リコールはそもそも市民が投票しなければならないものであり、どちらもハードルが非常に高い。
ここで、国会の場合、野党側が政権奪取を目指すとすれば、総理大臣や与党の人気を下げて解散に追い込み、その与党の不人気に乗ずる形で過半数の獲得を目指すことになるだろう*11。対して市区町村議会においては、そもそも首長選挙が別に行われており、また議会は大選挙区であるために、自己の当選を目指してのポスティングや駅頭、消防団や運動会などの地域活動に精を出すほうがよっぽど効果があるということになる。もっとも、そうは言っても選挙直前においては政治的パフォーマンスが増える傾向にあるが。
投票率
市区町村も都道府県も議員にせよ首長にせよ、投票率は低い。例えば横浜市の例*12で言えば国政と比べて市議会は10%も低い投票率になっている。しかも、これは統一地方選であるので比較的マシな方で、独自日程の場合非常に低い投票率になることが多い。
この状況は、大選挙区であることも相俟って、議員は安定的な支持者層さえいれば当選できるということになる。安定的な支持者層としては、労働組合や経済団体、地域団体、宗教団体など様々あるが、これは地域によって様相は大きく異なる。とはいえ、議員が安定的な支持層を背景とすることで、パフォーマンスに依存することなく、実質的な利害の調整が可能になるわけである。
報道
国会はTV中継され連日報道されるのに対して、地方議会はインターネットストリーミング放送がせいぜいである。また、新聞も地方紙が予算案を載せる程度で大きなトラブルで百条委員会が設置されるような状況でも無ければ、審議状況まではあまり報道されない。もっとはっきり言ってしまえば、住民は興味が無い。
このため議員にしてみれば、住民にアピールするパフォーマンスとしての執行部への追及等に血道をあげる必要が薄い*13。議員が関心がある、あるいは支持者の利害にかかわる問題について質問をして、あるいは関与していくことができるわけである。
まとめ
今までの議論をまとめると以下のようなことになる。
- 国会議員の野党側の質問攻勢を批判している連中はバカかカマトトである。彼ら議員は何かしらの背景的事情でそういう行動をしているに過ぎない。
- 小選挙区制が与野党の対立を先鋭化させ、また各党において中央集権的な体制を確立した。相手を肯定するより良い結論を得るための議論や妥協が難しくなった。
- 国の議院内閣制においては政権与党VS野党の関係になるが、市区町村の二元代表においては執行部VS議会という関係になる。
- 国政において野党は解散させて勢いにのって政権奪取を目指す。地方議会は解散が滅多にないので政権攻撃をする必要性が薄い。
- 大選挙区で投票率が低い地方議会は、利害関係者を中心とした安定した支持層を背景に建設的な議会運営ができる。
- そもそも地方議会はマスコミで報道されないのでバカ向けのパフォーマンスをやらなくていい。
つまり、現状の国会のシステムは建設的な議論を誘発するものではなく、敵対関係を形成し非生産的な揚げ足取りやののしりあいを行うことに最適化されており、しかもそれを組織一丸となって国民を巻き込んで遂行するようになっている。このシステムがバカなのだが、バカなシステムを変えるためにバカなシステムを使わなければならないために、事実上どうしようもないバカスパイラルに陥っているわけである。
そして、それをなんとかしたいならば、野党のダメっぷりや与党のクズっぷりを攻撃してるだけじゃダメだというのははっきりしている。なお、解決方法は俺もわからん。
追伸
菊地真とセックスしたい
*1:嘘だと思うならちょうど今3月議会をやっているので傍聴すると良い。ただし自分の興味関心の無いことが9割だろうから退屈かもしれない
*2:市区町村議会の保守系会派は自民党の看板を掲げていないことが特に多いが、実質自民党である。
*4:賢しらぶってネットで政治批判を行っている連中のほとんどが、この心理的バイアスを乗り越えることのできない理性に欠けた連中であるのはいうまでもない。
*5:さらに言えば、それで改善すると思っているなら放射脳以上のお花畑だ
*6:あるいは自分すら騙して
*7:社会党が分権的な体制を捨てられず風前の灯の社民党と成り果て、中央集権の権化とも言うべき共産党が力をつけていることも同じである。
*8:首長は革新だが議会の過半数が保守系会派といった例はよくある
*9:例えば執行部が議会野党に対して舐めた答弁をしたりすると、議会与党を中心とした議長に怒られる
*10:2/3以上出席で3/4の賛成
*11:このため、そもそも小選挙区で勝てない共産党が解散を重視しないで済むため、独自の調査や追及が可能になる
*12:http://www.city.yokohama.lg.jp/senkyo/tosho/data/kakusen.html
*13:もちろん、一部にそういうパフォーマンスと駅頭やポスティングによる行政批判で有権者にアピールする議員も存在すが、少数派である。