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みわよしこ氏の記事にコメントするバカどもがどうしようもない。

社会

生活保護のよくある誤解に答えてみました(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース
生活保護のよくある誤解に答えてみました(みわよしこ)Yahoo!ニュースーについてのツイートまとめ - Togetterまとめ
このご時世で社会ダーウィニズムを信奉する無教養な低能ぶりは本当にどうしようもない。また、実際の生活保護者に対する想像力も欠けている。ただ、それ以上に彼らは社会というものにたいして想像力が欠けているのが度し難い。
つまり、偶像神リヴァイアサン*1、すなわち国家あるいは社会がいかに成立しているのかということを一片も理解していないことが愚かさの根源なのである。


自殺で何かを変えることはできるのか?(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース
みわよしこはこの記事で「何かを訴えたい・変えたいのなら、自殺は最悪の選択肢」と言っている。もちろん彼女の指摘のとおり、自殺でメッセージを伝えることは甚だ不効率だ。今回の生活保護についての記事をバッシングしているような連中は屁もひらない。これは、この発言からも明らかだ。


だがしかし、彼らが目の前に刃物をつきつけられればどうであろうか? 刃物を突きつけてくる者の言葉は死にたくないなら聞かざるを得ない。あるいは、彼らが何人もの人間を殺傷し犯行声明を出せばどうだろうか? これは大いに報道され、内容や程度にもよるが大きな反響を起こすだろう。
だが、このバカどもはこう言うだろう。「犯罪は良くない」「殺人や傷害は法律で禁止されている」と。しかし、何故、彼らの言う道徳に従い、そして法律に従う義理がどこにあるのだろうか?
先ほど、ここで「偶像神リヴァイアサン」と現在の体制を表現した。いみじくもイスラム学者でありこの体制に批判的な中田考が指摘したように、これは「世俗主義」という宗教が生み出した偶像神に過ぎない。なぜ人が法に従うのか、それはその法が有効であると信じているからに過ぎない。人はなぜこの日本国の体制に従うのか、それはこの体制が有効であると信じているからに過ぎない。
そして、これは極めて重要なことであるが、偶像神リヴァイアサンは、人が、人工的に、社会契約なる概念をでっち上げて、自ら仮構した存在に過ぎず、そして教育を受けた人間にとってそれは自明であるのだ。そうであるにも関わらず、なぜそれを知っている人間がリヴァイアサンを崇拝し、法や世俗的な道徳に従うのか。それは単純に、社会契約論の最初がそうであるように、最小の合意として他者から奪い取り、あるいは他者を害すことを相互に禁止したほうが都合が良かったからに過ぎない。
つまり、もはや自殺しか残されていないような者、生活保護を打ち切られたら野垂れ死にしか残されてないような者、彼らは、この合意に束縛される必要性はどこにも無いのだ。社会が彼らを見放すならば、彼らは脱社会化せざるを得ず、その脱社会化された人々の集団がテロリストグループや犯罪組織*2と呼ばれるような反社会的勢力となるのだ。
いやむしろ、彼らが抵抗をしない限り、悪辣な自己責任論者はより強力に切り捨てを図るだろう。彼らは生活保護を打ち切られた人間が何人死のうが屁もひらんし、自己責任であると開き直り、墓に小便すら引っ掛ける。「おにぎり食べたい」の声すら平気で嘲笑うだろう。


いい加減にこのバカどもも分かっただろう。困窮者を見殺しにすることは、見捨てられた困窮者をして破壊者、羅刹となりその刃は自らに降りかかるのだ。黒子のバスケ脅迫事件の渡邊被告は「無敵の人」対策を講じなければならないと言ったが、見殺しにされる者は失うものがないために「無敵の人」となるのだ。
もっと具体的に言おう。基本的に連中の主張は福祉コストの治安コストへの転嫁にしかならない。そしてさらに、法確信が毀損することにより諸々の社会的コストが増大することを覚悟しなければならない。アフリカのログステートでなぜ暴力事件が多発し、詐欺が横行し、暴動が発生し、政府は汚職に塗れ、テロリストが跋扈するのだろうか。それは、そこにリヴァイアサンが居ないからだ。未来に希望がなく、誰も犯罪者がきちんと捕まり、公平な裁判が行われると誰も信じていないのだ。
もちろん今すぐにこの国がログステートになることは無いだろう。しかし、これから彼らは隣人が強盗か放火魔か、友人が詐欺師か、あるいは取引先が取り込み詐欺を計画しているのかヤバい手形を掴ませようとしているのか、経営者が苛烈な労働をさせようとしているのか、従業員が着服をしようとしているのか常に恐怖しなければならなくなる。帝国データバンクは儲かるかも知れないが、取引コストの増大は最終的に消費者物価に転嫁される。


もう分かっただろう。彼らが望むのはそういう世界なのだ。実際のところ、彼らは何となく不公平を感じて文句を言っているだけかもしれない。しかしそれは、すでに生存がかかっている困窮者にとっては最後通牒であり宣戦布告なのだ。そして、他者に生存を賭けた闘争を挑もうというならば、それは自らの生存も賭けなければならない。そしてこの闘争は生存を賭けているからこそ、最も苛烈にならなければならないのだ。そこには「万人の万人に対する闘争」しか残らないのだ。

*1:中田考の表現、ホッブズリヴァイアサンのこと。

*2:ヤクザや右翼にマイノリティや貧困層出身者がどれだけ占めているか考えればわかる。