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山田太郎、29万票の衝撃

すでに報道で明らかになっているが、去る2016年7月10日に執行された参院選において、山田太郎候補比例区において29万票余りの得票を得ながら落選した。
落選そのものは今回新党改革からの出馬であったことから予想されていたことであったし、驚くべきことではない。一人の当選者を出すために政党で100万票が必要である以上、どう考えても不可能なことであった。
しかしながら、山田が29万票も取るということはほとんどの人が予想していないことだった。選挙に携わる様々な団体の運動員、政党関係者、マスコミ、予想していなかった事態である。選挙終了後の20時の段階でマスコミは当確を出すが、その時点で山田は15万票でで落選という報道がされた。この15万票というのは、出口調査でのアンケートを参考にしながら、マスコミの専門家が分析しているものであるが、おおよそこの倍の数字が出たというのは、誰も予想していなかった得票数ということの証左の一つである。
総じていえば、山田が落選したことは予想の範囲内であったにせよ、山田が29万票も得票することは予想だにしなかったというのは大方同意いただけることだと思われる。

他の政党との比較

自民党

自民党の比例当選候補の最低ラインは10万余りであり、山田はこの水準を余裕で越えている。しかし、自民党は明らかな組織票による候補が比較的少ない政党であり、タレント候補などの判断が難しい候補が多いという特徴がある。

山谷えり子との比較

さて、この29万票というのを他の候補と比べてみよう。
この得票数は自民党山谷えり子を若干越えていることが見て取れる。山谷は神政連に代表される宗教票の最大の受け皿であり、その得票は自民党の強固な保守層を支える宗教票とみなしてよい、事実上の組織内候補である。
保守系の宗教票は風紀や性的奔放に対して非常に厳しい目線を向けており、山田が擁護するようなアニメやマンガの性的表現を規制することに賛成の立場である。実際に山谷は2009年に発生したレイプレイ事件*1を受けて「性暴力ゲームの規制を検討する勉強会を近く党内に設置する」旨を発表しており、その後も継続敵に娯楽としての性表現はもとより性教育を含めて強固な反対の立場を示している。

その他自民党候補

その他の自民党候補として、JAの藤木真也が24万票弱、日医連の自見英子が21万票余りと山田がリードしており、全特*2の藤木真也が52万票余りと自民党比例でトップをつけていることを除けば多くの組織票と対等以上に渡り合える実力があることが見て取れる。
また、今回山田は特に組織を背負ってなかったということで、タレント候補である今井絵理子と比べると、今井が31万票余りと山田よりも若干多い得票数であるが、ほぼ互角の水準にあると言えよう。

民進党

民進党は労組の組織票が比較的強い政党である。今回の選挙で言えば、比例の当選者の半数以上は労組の組織内候補である。その得票数の幅は広いが、電力総連の小林正夫が27万余り、自治労江崎孝が18万余りの得票を得ており、これら労組の組織内候補と互角以上の得票数を得ていることは注目に値する。ちなみに、組織票の薄い有田芳生は20万票あまりをとっており、山田はその約1.5倍の得票という状況である。
また、民進党の比例当落線である十数万のライン*3には各産別の労働組合組織内候補が並んでいる状況である。
なお、自治労江崎孝は同じく自治労の組織内候補である吉田忠智(落選)と票を食い合う関係になっており、吉田が15万票余りとっていることから、自治労全体で見ると30万以上の集票力を持つ強力な組織であることが見て取れる。

その他

共産党公明党は非常に強固な組織であり、得票数の分析にはなじまない。また、社民党と生活の党は既に1議席の確保しかできない状況になっているが、強固な支持者と党及び関係者の知名度に依存している状況にあると思われる。

表現規制と保守・リベラル

従来、表現規制は性的道徳を強調する前述の山谷に代表される保守勢力から攻撃を受けてきたこともあり、リベラル勢力が主導権を握ってきた。社民党で長く議員を務め、現在は世田谷区長を務める保坂展人コミックマーケットの前代表である米澤嘉博から個人推薦を受けていたこと、また、現在もリベラル派を中心に表現規制反対の政治家が多いことは周知の事実である。
反面、フェミニズムの観点からは、特にラディカルフェミニズムによるポルノへの批判が非常に強くなっており、また、ヘイトスピーチ規制が政治的課題になっていることから*4、元来フェミニズムや差別を受けることの多い外国人に親和的なリベラル派は難しい立場に立たされている。保守的な道徳的規制ではなく、人権を根拠にした規制論というのが左派を難しい立場に置いているのである。
また、90年代からインターネットにおいては、旧来の左派勢力の理論や主張が失墜し*5、保守的な主張が比較的大きな力を持つようになってきており、かつ、オタクと呼ばれる層はネットに親和性が高い。もちろん「オタク=ネトウヨ」というような、安易な構図を持ち出すような主張は妥当ではないが、オタクの中に性的表現を当然の権利をして主張しながら、保守的な価値観を称揚する層が一定程度存在することは事実である*6
さらに、従来の保守・リベラルの枠組みに収まらないリバタリアンの存在も忘れてはならない。かつて山田が在籍してきたみんなの党はこの思想に比較的近かったが、経済的な自由と精神的な自由両方の価値を重視し、従来の左派のような経済格差縮小や弱者保護に否定的であると同時に、保守の懐古主義的価値観にも否定的(逆に言えば、従来の保守の経済政策*7に肯定的で、左派の自由主義に肯定的)な思想である。これは、性的表現に対して比較的肯定的な見解を持つところである。
また、近年になるとクールジャパン施策など、保守である政権や行政が「アニメ・マンガ」などのコンテンツやコミックマーケット等のイベントに肯定的な立場を示すようになっていることも注目に値する。もちろん、旧来の保守的な性表現への否定的な立場は残っているものの、こういったコンテンツの需要が高まり大きなビジネスとなっていること、海外でも一定の需要があることなどが、彼らの主張を抑制していることは十分に見て取れるだろう。

山田太郎の票の分析

組織の薄さとシングルイシュー性

山田は基盤となる組織や政党を持っていないことがまず重要な点である。つまり今回の山田の得票数において基礎票の存在感は薄い。また、選挙戦においては、ほぼシングルイシューで表現規制反対、マンガやアニメを擁護するという立場を貫いており、もちろんそれ以外の政策も掲げているものの、一番強くそれを押し出していたということが言えるであろう。
山田の過去の実績や、今までのアピールもオタク関係の問題やイベントでの出演、出展など、明確にオタク層をターゲットとしており、選挙でも秋葉原での街宣に力を入れていたなど、とにかくオタク層に焦点を絞っていたというのは何度言っても足りない明確な事実である。
また、今回は一応、新党改革の比例から出馬していたものの、実態は「比例でどうしても出たいというし、仕方ないからかまわないよ」といった趣旨のものであり*8、党からの選挙での支援というのはほとんど無いといってよい状況であったことが見て取れる。
つまり、山田の得票である29万票はほとんど「性的表現を含む表現規制反対」というイシューに賛同した票であるということが言えるのは間違いない。

山田が忌避される原因

反面、山田は元々会社経営者であり、みんなの党、元気会と渡り歩いていた経緯から、リベラル層から忌避される傾向があると言える。しかしながら、自民党や日本のこころに見られるような極度に保守的な主張や、あるいはネットで散見される差別的な主張とは一線を引いており、この程度なら許容できるリベラルも少なくないと言える。
翻って、今回出馬した新党改革も、明らかにリベラルではないが保守というわけでもないという立場である。端的に言えば、存在感も毛色も政策も何もかもが薄い政党である。もちろん、左派はあまり許容できるような主張をしている政党ではないが、山田本人と同様にこの程度なら許容可能であるというリベラルも存在すると思われる。いずれにせよ、日本のこころのように強烈な保守的主張で支持者を集めるような政党ではなく、政党としての得票数から見ても、新党改革という政党が山田の得票に及ぼした影響というのは「新党改革では議席が取れないので、死票を投じるのは嫌だから投票しない」といったものが中心であろうと思われる。
その他に影響を及ぼしたことがあるとすれば、Twitterなどで山田太郎を支持する人々の中に、以前より表現規制に反対の立場をとっていたリベラル勢力やその議員を非難する、山田太郎に投票して当然だというような主張をして嫌がられるといった行動を取った者がいたというようなものがあるだろう。前述のとおり、山田はほぼ表現規制反対のシングルイシューであり、組織的なバックアップがほとんど無く、オタク層を中心とした選挙戦を展開していたことから、ネットにおける選挙戦が大きなウェイトを占めていたこともあり、この点で悪影響がそれなり、個人的感覚では数千~万程度、あったであろうと考えている。

総合的分析

これらの分析から総合的に言うと、山田の得票は

  • 表現規制反対を重視する
  • 組織に属さない浮動票
  • 保守~ややリベラル

というのが中心になっていることが読み取れる。
このうち、表現規制反対はこの議論の大前提であること、組織に属さない浮動票というのも既に組織票は固められていて奪いにいくことが難しいことを考えて除くと、リベラル層に取りこぼしが見られるということが言える。

表現規制反対票の行く末

表現規制反対票はどのくらい存在するのか

今回の参院選の比例では、自民党が約36%、民進党が約21%、共産党が約11%、おおさか維新が約9%、社民党が約3%、生活の党が約2%、日本のこころが約1%と得票していることから、山田が「表現規制に反対する浮動票」のうち、7割か8割程度のかなりのパーセンテージを取っていると予想することができる。ここで、前述の山田が忌避される原因と比例代表の政党別得票から考えられるリベラル層の取りこぼしは、数十パーセント程度見込まれるものでり、ここで数万から十万程度の票があると考えられる。また、もちろん「表現規制反対だが、自民党の支持者なので自民党に入れた」とか「改憲により表現の自由が損なわれるから民進党(あるいは共産党)に入れた」といった層が存在することも十分に考えられる。
総じていえば、表現規制反対というイシューで明確にとれる票というのは40万程度あると私は結論づける。さらに、山田の29万票、または私の分析の表現規制反対票全体で40万票というのは、大政党の比例代表を二人当選させておつりがくる水準である。その上で、仮にこれを保守とリベラルに分割するとすれば、どのくらいの得票数が見込まれるだろうか。山田の得票の多くがどちらかと言えば保守よりだと考えると、保守で20万~25万票程度、リベラルで10万~15万票程度取ることができると考えられる。

どこの政党が受け入れるのか

ここで問題になるのは、比例代表で出馬するとしてどこの政党が受け入れるのか、という問題である。公明党共産党は組織があまりにも独特過ぎて参入する余地はほとんどないと言える。今回の選挙で比例から当選者を出した政党であっても、生活の党と社民党は1議席が限界であり、党の有力者のことを考えれば非拘束名簿への登載は不可能だと判断できるだろう。つまり、実質的に可能性がある政党は、自民党民進党、おおさか維新の三党であると言えるだろう。

自民党

自民党は前述の山谷えり子が党で重要な立場にあること、過去表現規制を積極的に推進してきており、表現規制に親和的な議員が多数存在することから、かなり難しいと考えられる。しかしながら、以前よりも保守色を強くしているとはいえ、かなり幅広い主張の議員を取りそろえた政党であることは間違いないので参入の余地はあるだろう。また、近年、マンガやアニメに関する表現規制に対する主張を和らげる傾向にあるというのも重要である。
ただし、党議拘束が非常に強く、過去では郵政選挙、近年ではTPP等で組織内候補を抑え込んだこともあり、山田が参入することは難しいと言わざるを得ない。

民進党

民進党表現規制に反対の立場であり、ジェンダーの観点からの表現規制派も存在するが自民党ほど強い状況ではないことから、表現規制反対派の議員が比較的矛盾なく溶け込めると思われる。しかしながら、インターネットを主要な選挙戦のツールとして使う候補にとっては、ネット上の民進党批判の強烈さはかなり難しい戦いを強いることになると思われる。
また、山田の主張は民進党とまるっきり正反対というわけではないにせよ、さして近くは無いので山田が直接に民進党の比例で出馬するというのは難しいと言えるだろう。また、表現規制反対のリベラル票を10万~15万と先ほど見積もったが、これは多くの労働組合組織内候補と被る得票数であり、1議席取られるという意味で連合の反発が容易に予想できる。

おおさか維新

おおさか維新の主張は玉石混交であり、表現規制に対しては明確にこの立場であるということを言うことが難しい政党である。とはいえ、今回の参院比例では表現規制反対派の候補である串田誠一*9が存在したことから、大きな問題は無いと言える。しかしながら、山田の求める比例でなく都道府県選出での出馬を求められたこと、アニメやマンガなどの表現規制反対という主張を引っ込めることを求められたことから、たった2日で離党することになったという遺恨がある。山田自身の主張と党の親和性も高く、最も妥当である反面、この遺恨さえどうにかなり、今回の得票数を前提とした山田の主張が認められれば可能性は高いと言えるだろう。

リベラルの候補者を立てるとすれば

前述のとおり、表現規制反対派のリベラル候補を新たに擁立するとした場合、山田は5万~10万程度の得票を失うことになると予想されるが、それでも十分に当選圏内であり有力な比例候補となることは間違いない。つまり、10万~15万程度の得票を目標とするリベラル系の候補を擁立する余地は十分にある。
具体的に候補として考えられるのは、リベラルと親和性の高い大御所作家、例えばちばてつや*10等が考えられる。また、コミケスタッフであり表現規制反対で戦っている弁護士の山口貴士*11、あるいは表現規制反対で存在感を示した民主党の元議員である樽井良和*12といった候補が考えられる。
山田に対する支援が勝手連的なものであったことを踏まえれば、保守とリベラルでそれぞれ候補を立てることの不義理というのはあまり無く十分に可能な方法であると考えられる。反面、ネットでのはねっかえりが、双方の陣営で双方の候補を非難中傷するような事態になることは避けなければならないから、その点での調整が十分に必要だろう。

最後に

今回の山田太郎29万票獲得は、表現規制反対、オタク層の政治への取り込みという点で非常にエポックメイキングな事態であった。であればこそ、このチャンスを最大限に生かして次に備える必要がある。今一度、私たちは運動を点検して、保守やリベラルの枠組みにとらわれず、しかし冷静にこれを認識した戦略を建てなければならないと思われる。
ともにがんばりましょう。

蛇足

togetter.com
このtogetterでまとめられているように、id:mujinid:hokusyuがいろいろ言っていたけど、私はこういう風に考えています。
いずれにせよ、捕らぬ狸の皮算用ではあるけどね。

*1:日本国内向けのアダルトゲームであったレイプレイが無断でイギリスで販売されイギリス国内で問題になった事件

*2:特定郵便局長の組織

*3:民進党の最低得票での比例当選者は白眞勲で14万票弱、次に得票した藤末健三14万票余り。なお、白も藤末も立正佼成会の組織票によるものと思われる

*4:ここで、ヘイトスピーチ規制法において社民党福島みずほが反対票を投じたことは重要である。

*5:こうなった理由については、様々な意見があると思われるが、今回の論旨とは直接関係ないので割愛する

*6:有名なところでは、エロマンガ家のばーぴぃちぴっとや大塚小虎など

*7:現在の安倍政権の経済政策は、欧米では左派が推奨してきた政策であるというねじれがあるので、そこには注意されたい

*8:新党改革の荒井代表は今回落選してしまい、党も解散となるが関係者は彼らの厚情を忘れてはならないだろう

*9:最下位ボロ負けしたが…

*10:高齢すぎるが…

*11:宗教票から嫌われるが…

*12:オタクに対するアピールがまだまだ薄いので、そこを徹底的にやる必要はある